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たしかに、よしたに。

あんな人やこんな人について、考えたことを書きます。すこしでも「たしかに」となりますように。(よしたにごろう)

批判をする人について。

ある人と話をしていたら、
こんなエピソードを話してくれた。
 
その人が高校生だったときのこと。
授業中に居眠りをしていたら、
学校から親が呼び出されてしまった。
 
ちなみに、ぼくが通っていた高校では、
授業中に生徒の9割が机につっぷして
寝ていることは日常茶飯事。
(それを『視聴率が低い』と呼んでいた)
 
週刊少年ジャンプ』を3週分読破する者、
カップ麺の湯気が頭上に立ちこめている者、
‥‥ここでは書けないものもふくめて、
実に、授業以外のことにみんな熱心だった。
 
我が母校では、居眠りくらいで(失礼)
親がいちいち呼び出されていたら、
まいにちが授業参観の様相を呈してしまう。
それほど、彼女の通っていた高校は
立派な進学校なのだろう。
 
「それはたいへんだったね」と
あいづちを打ちながら、ぼくは考えた。
 
「もしもじぶんが親だったら」
 
じぶんの子どもが居眠りをしていて、
学校から呼び出されてしまったとき。
ぼくなら、どんな振る舞いをするだろう。
 
先生「娘さんが授業中に寝ていましたけど」
 
さぁ、こちらの答弁がはじまる。
 
「うちの娘は西島秀俊のファンです。
 仮に、西島秀俊が先生だったら、
 2徹の麻雀明けでも目を光らせると思います。
 つまり、ワクワクしているからです。
 生徒が居眠りしてしまうほど、
 驚くほど退屈な授業をしている先生を、
 わたしが自宅に呼び出したいくらいです。
 娘が給料をもらって働いていて、
 居眠りしているならお詫びします。
 ですが、こちらは授業料を払って、
 その対価を享受する立場にあります。
 そこのところ、いかがでしょうか
 
 
誕生の瞬間である。
 
 
いえ、ちゃんとお断りしておきたいのは、
実際にこのシチュエーションだったら、
「どうして眠かったの?部活の朝練?」
「あなたの目標はなんだっけ?」
「つらいけど、授業をちゃんと聞かないとね」
と娘と話し合っている。
 
なにを言いたいのかというと、
『しようとおもえば、なんでも、
 クレーム(人のせい)にできる』
ということだ。
 
ちなみに、ぼくは、お金を払う側も、
もらう側もおなじ立場だと思っている。
「お客様は神様」って、ちがうだろう、と。
 
サービスを提供する人がいるから、
それを受けとることができる。
コンビニの店員が深夜にシフトを入れて
働いてくれていなければ、
缶コーヒーひとつだって買えない。
だから、コンビニの店員にも、
「ありがとうございます」とかならず言う。
 
「新人なもんで‥‥」と言う
タクシーの運転手に横柄な態度をとる人も、
「こっちはカネを払ってるんだぞ」
という気持ちがどこかにあるのかもしれない。
そこをたまたま通ってくれたのだ。
いいじゃないか。道くらい教えてあげれば。
 
ホテルオークラの雑誌広告で
「叱られなさい。」というコピーがあった。
そこにはこんなことが書いてある。
 
「お客様に叱っていただくことが、
 どんなに貴重なことなのか。
 叱っていただける信頼関係をいくつ、
 つくることができるのか。
 ホテルオークラが存在するための証です。」
 
批判をする人、クレームを言う人は
どこの世界にも、かならずいる。
やろうとおもえば、どんなことでも、
人のせいにできるから。
 
けれど、クレームを言ってくる人がいたら、
ホテルオークラの姿勢のように、
「そうか、もっとよくなるかも」と思う。
いちど怒られた相手には、
そのあと信頼回復しようとがんばれば、
それ以前よりも親密になることは多い。
 
嫉妬のような批判をしてくる人がいたら、
「それほど誰もやっていないことをできている」
と思うようにすればいいのだ。
みんなが拍手で迎えてくれるようなことは、
たいてい、もうすでに世の中で認められた、
時代おくれのものなのだから。
 
 
批判こそが、ホンモノの賞賛なのだ。
 
 
(たしかに、よしたに。)