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たしかに、よしたに。

あんな人やこんな人について、考えたことを書きます。すこしでも「たしかに」となりますように。(よしたにごろう)

希望を胸に生きる人について。

先週、『ショーシャンクの空に』を観た。
 
この映画から受け取ったものは、
3つの言葉になって、いまも胸のあたりに
ずしーんと重く置いてある。
 
「ナレッジイズパワー」
 
なぜか「知識は力なり」じゃなかった。
カタカナの姿で降ってきた。
 
どうして人は、勉強をするのか?
それは、友人が困っているときに
救ってあげるためと、どこかで読んだ。
 
受験勉強は、競争だ。
「まわりを蹴落とした人」が勝つ。
けれど、実際の社会では
そんな人の周りには誰もいなくなる。
天才をのぞいて、ほとんどの仕事は、
だれかと協力し合いながら、
だれかの役に立つためにある。
 
『強い者は生き残れない』という本に、
生物学では「強い=生き残る」と考えたとき、
競争をするより、協業するほうが
生き残ることができると書いてあった。
(ものすごくざっくりですけど)
 
主人公・アンディーは、
まさに「ナレッジ」を「パワー」にした。
決して「おびやかすような権力」ではなく。
そして、彼は周りのために尽くし、
刑務所内のヒーローになり、生き残った。
 
2つめ。
 
「人生には芸術が必要だ」
 
刑務所のなかは、衣食住は保証されている。
けれど、やっぱりそれだけじゃ
人間の「心」までは満たされなかった。
 
アンディーがフィガロの結婚』のレコードを
刑務所内に大音量で勝手に流すシーン。
その美しい歌声を聴き入るように
いっせいに静まり返る刑務所内。
もちろん所長につかまってしまうが、
懲罰房から出てきたアンディーは言う。
 
「心のなかでモーツァルトを聴いていた。
 音楽は決して人から奪えない」
 
人生には、美しい音楽や絵画が必要だ。
あらためて、そう思った。
そうだ、上野 行こう。
 
そして、3つめ。
 
「希望を捨てちゃいけない」
 
映画のなかで
「必死に生きるか。必死に死ぬか。」
というセリフが2回でてくる。
 
ちょうどこの映画を見終わったあとに、
とある後輩からメールがきていた。
 
彼は、半年ほどまえから、
ぼくにある相談をしてきていた。
民間企業に就職して数年、
やっぱり夢を追うために脱サラをして
ラグビーのプロ選手になりたいんです、と。
 
そのままそこで働いていたら、
ある程度のゆとりある生活を送りながら、
生きていくことはできただろう。
けれど、彼は真剣に話してくれた。
 
「笑わないでください。
 W杯に出たいっていう夢があるんです。
 小さくてもできることを証明したくて」
 
移籍して受け入れてくれるクラブを探して、
両親を説得して(これがけっこう難航した)、
やっとのことで正式にプロ転向が決まった。
その報告のメールが、映画を見終えたとき、
ちょうどやってきたのだった。
 
そこには、こう書いてあった。
 
「夢と希望でいっぱいの24歳は、
 これからの自分を想像すると
 楽しみで仕方がありません」
 
彼は、「必死に生きる」ほうを選んだ。
いずれにせよ、生きることは、必死なのだ。
ただ、胸のなかに希望があるかどうか。
 
うまくいくとは限らない。
どん底のときだってあるだろう。
けれど、あとで振り返ったときに、
「あれがあったからこそ」と
思えるように生きればいいだけだ。
 
アンディーと後輩へ。
おれも、希望を胸に生きようと思えたよ。
ありがとう。
 
「希望」
 
この言葉の美しさを、
あらためて感じさせてくれる映画だった。
 
4年前の3.11のあとは、たくさんの人たちが、
じぶんに嘘をつかず、希望を胸に、
「必死に生きる」ことを心に決めていたなぁ。
 
 
(たしかに、よしたに。)