たしかに、よしたに。

あんな人やこんな人について、考えたことを書きます。すこしでも「たしかに」となりますように。

山中亮平という人について。

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「もしもし?ほんま最高!」

 

18年ぶりの日本一奪還を成し遂げた試合直後、神戸製鋼の真紅のジャージの15番を背負っていた男から、電話がかかってきた。

 

「ほんとうに、やったな!おめでとう!」と返したら、次に、彼はこう言った。

 

「ほんまええチームやろ?」

 

「おれのトライ見たか!」でも、「ほんま強いやろ?」でもない。「ほんまええチームやろ?」。

山中亮平(以下、やまちゃん)のこのことばに、2018年シーズンの神戸製鋼コベルコスティーラーズの強さの秘密がすべて表れていると思う。すべての選手たちが、自分たちのチームを心から誇り、「このチームのために尽くしたい」そして「たくさんの人たちによろこんでもらいたい」と思っていたのだろう。

 

やまちゃんは、仲間想いの奴なのだ。

 

*  *  *

 

もちろんすべてを見てきたわけじゃないのだけれど、やまちゃんにとって、この8年間のラグビー人生は、苦悩の連続だったと思う。今年の5月にも、「眠れない」と夜中に電話がかかってきたことがあった。 

なんとしても2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップには出たい。ところが、当時発表された日本代表のメンバーには選ばれず、なんとかあと1年で代表に選ばれるためには、自分のチーム(神戸製鋼)で自分がやりたいわけではないポジション(12番)をやったほうが確率が高いと考えて、自分の好きなポジション(10番)はあきらめようと思っていたらしい。

が、しかし。その日、なにげなく新加入してきた22歳の同じポジション(10番)のチームメイトに「おまえ、今シーズン、どのポジションやりたいの?」と聞いたら「10番です。だって、10番がいちばんボールに触れてたのしいじゃないですか」と無邪気に答えたのだという。

それを聞いて、自分は日本代表に選ばれなきゃと焦るばかりで、そんなラグビーを純粋にたのしむきもちや、まずは自分の所属しているチームのために貢献することを忘れていたんじゃないか、と思い直したのだそうだ。いろいろと話してから、やまちゃんはこう言った。 

「いま、チームに求められているポジションで頑張っていれば、どのポジションでも使いたいと思ってもらえるかもしれないな。どこでやってるかよりも、なにをやってるか、だな。がんばるわ」(実際は関西弁)、と。

まわりのせいにしない。自分にできることを全力でやる。カッコイイなぁと想いながら、なんだか、ぼくが勇気をもらって電話を切った。

 

やまちゃんは、実は繊細な奴なのだ。

 

*  *  *

 

今でも、やまちゃんという人間に初めて触れたときのことをよく覚えている。大学に入学したばかりで、早稲田大学の上井草グラウンドで新人練習をしていたとき。彼は同級生にロングパスをして、相手がパスを取れなかった。すると、やまちゃんは強い口調でこう言い放った。

 

「取れや!!」

 

やまちゃんは、もともと「関西のヤンキー」なのだ。

 

*  *  *

 

そんなやまちゃんが、おそらく、これまでの人生でもっとも暗闇に入り込んでしまったのは、社会人1年目の「2年間の資格停止処分」と「神戸製鋼ラグビー部の退部」だっただろう。

たしか、その出来事のあと、いちばんはじめに連絡をくれたのは、「ゴロー、本を読みたい。なにかオススメない?」と「Macbookを買うならどのモデルがいい?あとネット環境を部屋に置きたい」だったと思う。ぼくは、武術家・甲野善紀さんの本をすすめた。身体というものに向き合ってみたり、物事をちがう角度から見てみる学びになると思ったから。それからしばらくして、やまちゃんから連絡がきた。「甲野先生に会ったよ!」と著者といっしょにうつっている写真が送られてきた。

 

やまちゃんは、とっても素直な奴なのだ。

 

*  *  *

 

ときは今にもどる。日本選手権の決勝がある週の月曜日。やまちゃんと、神戸・三宮のスタバで会った(新神戸駅までクルマで迎えにきてくれてホテルまで送ってくれた。やまちゃんは、やさしい奴なのだ)。

試合後のニュースでもたくさん報じられていたけれど、やまちゃんは、試合の2週間前に 201cm 115kg という数字のスペックだけみたら「HOSHIZAKIの業務用冷蔵庫じゃないの?」と思うような大男に、思い切り顔面を頭突きされて、2カ所ほど骨が折れていた。メシも食えず、顔の半分は麻痺していたそうだ。

けれど、やまちゃんは言った。「たとえ木曜にメンバーに選ばれなくてもいい。それは監督やコーチが決めること。おれは、のこりの時間、やれるやれないじゃなくて、やるんだ」(実際は関西弁)と。

なんでも、実はチームメイトのあるニュージーランドの選手も複数の部位を骨折していて、まともに日常生活すら送れない状態だったのだけれど、その選手に「今週の練習はやるの?」と訊いたら、「ファイナルだぞ?できるか、できないか、じゃない。やる、だけだ」と返ってきたのだという。そんな仲間の想いに感化されて、やまちゃんも練習への参加を決意したそうだ。 

そのスタバでは、こんなエピソードも教えてくれた。骨折をしてしまった翌週、つまり、決勝のまえの週、やまちゃんは、今シーズンで初めてスタンドの観客席からチームメイトの試合を観た。そこの雰囲気が、去年までとはまったくちがったという。とにかく「試合に出られないみんながこのチームを応援している」と心から感じたそうだ。なんだ、そりゃ、仲間を応援するのはふうつうじゃないか、と思われる人もいるかもしれないけれど、これまでは、「同じポジションの人がミスしないかな」と思う人がたくさんいたという。最後にやまちゃんは言った。「このチームなら、負ける気がせえへんわ」。

 

やまちゃんは、人の痛みがわかる奴なのだ。

  

*  *  *

 

そういえば、今年の4月にもこんな会話をした。

 

3週間前にチームにやってきたウェイン・スミス新監督、すげえわ」

 

「どのへんが?」

 

「日本人はシャイだから自分の意見を言わない。だから、ミーティングではひとりひとりに赤色と緑色のカードが全員に配られて、もしわからないことがあったら、赤色のカードを挙げて、内容を理解していたら緑のカードを挙げるっていうルールがある。で、赤色のカードを挙げた人(わからない人)に、緑色の人(わかる人)がチームメイト同士で教える、っていうルールなんだけど、選手たちが自分たちでディスカッションする習慣ができるようになった」

 

「ほっほー。ほかには?」

 

「とにかく高校生みたいなパスの練習ばっかり。4列パスをひたすらやる。でも、トイメンの正面に立ったら練習を止めて『どうして正面に立つ?相手のスペースの前に立って、敵のディフェンスを動かさないと』とか、『パスしたらフォロー!パスしたらフォロー!』とか、『敵のディフェンスの内側のスペースに走りこむ、そうすると敵は内に寄ろうと動く、そうすれば外のスペースが空く』とか、基本中の基本をとにかく徹底している」

 

‥‥そんなやまちゃんの話をひととおり聞いて、60歳あたりの成熟した優秀なヘッドコーチたちは、相手が高校生だろうがトップリーガーだろうがニュージーランド代表だろうが、「あたりまえのことをあたりまえにやること」と「選手たちの頭で考えさせること」と「コミュニケーション量を増やすこと」を教えているんだなぁ、と実感した。

名将といわれる人は、ラグビーの技術や知識を教えるのが上手いのはもちろんなのだけれど、「人のこころをどう動かすか」がズバ抜けてるように思った。その手段が、観察する目だったり、部内のルールづくりだったり、戦術だったり。コーチングやチームマネジメントの話を聞いて、それだけで「こりゃ、まちがいなく強くなるな、神戸製鋼」とやまちゃんに伝えたことを覚えている。「まちがいないわ」とやまちゃんは言った。

 

やまちゃんは、人を信じられる奴なのだ。

 

*  *  *

 

20181215日。秩父宮ラグビー場は、空の向こうまで見えるほどきれいな青空だった。後半30分(のこり時間10分)。48-5神戸製鋼はリードしていた。ここから、メンバーの半分が大学生になっても、ひっくり返されることはないほどの点差といえるだろう。

自陣10m付近で、神戸製鋼はペナルティーをしてしまい、サントリーにボールを与えた。サントリーの司令塔、マット・ギタウは、タッチキックを選択するように見えた。点差も離れている。神戸製鋼の選手達は、ゆっくりと10m下がっていた。

 

「前見ろ!」

 

チームの最後尾から、そう叫ぶ男がいた。グラウンドの遠くから見ているぼくにも聞こえるほどの声の大きさで。ほかでもない、やまちゃんの声だった。

10年以上まえに、チームメイトに言い放った「取れや!」。おなじ命令形でも、あのときとは、まったくちがう。長年のさまざまな想いが、あと10分で実ろうとしている。だからこそ、最後の1秒まで気を緩めず、チームの仲間を鼓舞し、80分間グラウンドに立ち続けようという強い意志をぼくは感じた。

やまちゃんだって、後半20分、自陣のゴール直前で骨折していた顔面すれすれのタックルでピンチを救ったときに足をつっていた。ずっと伸ばしていた。この試合、トップスピードで走り抜ける回数がいつもより多かったように思う。当然、足にも疲労はきていただろう。 

試合のこり10分間、ぼくはそんなやまちゃんの闘う姿を見ていて、涙があふれてきた。あふれつづけていた。「おれよ、いまやらないで、いつやるんだ」。そんな想いが全身から発されていた。

試合終了後の円陣で、やまちゃんは人目もはばからず泣いていた。あんなに泣いているのは、初めて見たかもしれない。ただ、敵を倒して日本一になったよろこびじゃないのだと思う。「ありがとう」という想いがこみ上げてきたんじゃないか。これまで自分を支えてくれた人たちに。悩みに悩みつづけた自分自身に。そして、心から信頼し合あえるすばらしいチームの仲間たちとよろこびを共有できているその瞬間に。

神戸製鋼は、「原点」に還った。神戸製鋼にしかない資産や文化を、掘り起こしてきて、自分たちの「誇り」はなんであるのか。「なんのために神戸製鋼ラグビーをやるのか?」を突き詰めた。

 

やまちゃんは、生粋の「神戸人」なのだ。

 

*  *  *

 

大学4年の大学選手権の決勝の前夜。「俺は同じポジションだし、これまでロクに試合にも出られていないが、お前を応援している」とメールしたら、「俺はゴローがだれよりもラグビーを好きなのを知っている」と返事がきたのを、ぼくは今でも覚えている。 4年間が肯定されたようでうれしかった。

原宿の街を歩いているときに変なあやしい絵を売っている人につかまってしばらく話を聞いてあげて、しかも買ってあげようとしてしまうくらい、やまちゃんは隣人にさえ愛のある奴なのだ。今夜も、段ボールいっぱいにいろんなものが詰まったギフトがやまちゃんサンタから自宅に届いた。いつも、ありがとう。

  

やまちゃんは、いい奴なのだ。

 

いちばん伝えたかったのは、このひとことである。

 

 

(たしかに、よしたに。)